OKR(Objective and Key Results)やKPI(Key Performance Indicator)は、現代のビジネスシーンで目標達成を可視化し、生産性を高める有効なツールとして広く導入されています。しかしこれらを活用する一方で、従業員がかえって満たされない心を抱える現象も報告されています。株式会社イー・クオーレの調査によると、約6割が職場に満足していないと回答。さらにLe et al. (2021)の研究では、短期的成果に偏重する評価制度が満足感の低下につながる可能性が示唆されています。

こうした状況は、明確な目標設定があるにもかかわらず、心の充実や自己肯定感が損なわれてしまうケースが増えていることを意味します。本記事では、目標管理と自己肯定感とのギャップに焦点を当て、その解決策を提案します。

この記事の対象者
従業員    
4.5
人事労務担当 
4.5
産業医療職 
3.5
産業医

この記事は以下の方におすすめです。

・個人として高い成果を上げているのに、なぜか達成感を得られないビジネスパーソン

・OKRやKPIを導入しているにもかかわらず、チームの士気向上が見られない企業経営者・管理職

・目標管理が満足感を損ねる背景や科学的根拠を知りたい方

1. 目標管理が心を満たさない理由

OKRやKPIは業績や成果を“見える化”するには効果的ですが、以下のような側面が自己肯定感を下げる要因となり得ます。

• 個人の価値観と企業目標の不一致

• 成果基準に偏った評価がプロセスを軽視する原因となる

• 上司や同僚との関係性が評価項目から抜け落ちてしまう

• 高いストレスとプレッシャーの増大

これらが重なることで、目標を達成しても「なぜか満たされない」という状態に陥りやすくなります。

2. 自己肯定感低下を引き起こす主要要因

(1) 職場環境と人間関係

Montuori et al. (2022)によると、職場環境や人間関係の質が従業員の満足度に深く影響するとされています。上司からの過度な圧力や監視は自己肯定感を損ねる大きな要因であり、エン・ジャパンの調査でも、人間関係の悪化が職場満足度の低下を招く主要因の一つと指摘されています。

(2) 成果と価値観の不一致

Kalleberg (1977)の理論によれば、仕事の成果と個人の価値観がかけ離れている場合、達成感は得られにくくなります。たとえば「顧客満足」を最重視する従業員が、「利益率」にのみフォーカスする評価制度に直面すると、取り組みと評価のズレが心の充足感を妨げる原因になります。

(3) 時間管理とストレス

Le et al. (2021)の研究では、短期的な成果を強く求める評価制度が個人のストレスを増幅させ、燃え尽き症候群のリスクを高めると報告されています。ストレス負荷が増せば増すほど、自己肯定感も大きく揺らぎやすいのです。

(4) プロセスの軽視

Montuori et al. (2022)が指摘するように、成果だけが評価される環境では、従業員が仕事の意義や学びを感じにくくなります。長期的なモチベーションや充足感が低下しやすい要因の一つです。

3. 現場で見える問題の実態

事例1:厳しいKPIに追われる若手社員

ある広告代理店では、月次の売上目標が極めて高く設定されています。若手社員は目標達成のために長時間労働を繰り返し、達成した途端にさらに高い次の目標を課される…。喜びを味わう間もなく、常にプレッシャーに苛まれているのが現状です。

事例2:価値観とのズレに悩む中間管理職

中間管理職のAさんは、部下の成長とサポートを重視するリーダーシップを心がけていました。しかし、会社側が評価するのは「売上」や「コスト削減」ばかり。Aさんは自分の価値観とのギャップに苦しみ、モチベーションが下がっていると感じています。

4. 自己肯定感を高める視点

(1) 個人の価値観を明確にする

Kalleberg (1977)の研究でも示されるように、仕事観と報酬・評価の一致は満足度を高めるうえで重要です。従業員それぞれがキャリアビジョンや人生観を言語化し、共有する機会を設けましょう。

(2) 成果だけでなくプロセスも評価する

目標を達成する過程での姿勢や学びを正当に認める評価制度により、従業員は日々の業務への意義付けを感じやすくなります。成果一辺倒ではなく、成長プロセス全体を評価することで、自己肯定感を維持・向上しやすくなります。

(3) 心理的安全性の確保

Le et al. (2021)の調査からもわかるように、定期的な1on1やフィードバックを通じて、上司と部下、あるいはチーム全体で建設的な対話を続けることが重要です。心理的安全性が高い環境は、自己肯定感を大きく左右する要素となります。

5. 目標と満足感を両立させる具体策

(1) 短期・中期・長期の目標を結びつける

OKRやKPIを単なる短期目標にとどめず、個々人の中期・長期的なキャリア計画と関連づけます。目標の達成が個人の将来像に直結すると認識できれば、成果に対する納得感や意欲が高まります。

(2) 成果達成後の振り返りを習慣化する

目標をクリアしたタイミングで、プロセス中の学びや周囲への貢献度を振り返る場を設けましょう。達成感を共有し合うことで、新たなモチベーションを生み出す好循環が生まれます。

(3) チームビルディングの定期的な実施

社内イベントやワークショップを通じて、人間関係の質を高める取り組みを続けます。連帯感が強まれば、目標への取り組み方や評価への納得度も向上しやすくなります。

6. 理想と目標をつなげる大切さ

OKRやKPIはあくまで“手段”であり、目標そのものが自分の価値観や理想と結びついていなければ、どれほど結果を出しても心が満たされない可能性が高いのです。

目標管理と自己肯定感のバランスを取るには、個々人の想いや企業の理念を再確認し、“自分ごと”として捉え直す視点が不可欠だと考えます。

まとめ

OKRやKPIといった目標管理の枠組みは、ビジネスを効率化する強力なツールです。しかし、その運用にあたり“心の充足”や“自己肯定感”をおろそかにすると、人材のモチベーションや組織力をかえって低下させるリスクがあります。

成果基準だけでなくプロセスを評価し、個人の価値観や理想を明確化する仕組みを組み込むことで、従業員が「自分らしく前向きに」働ける環境が整います。OKRやKPIをより人間味ある形で活用するためにも、自己肯定感を高める視点の重要性を再認識すべきではないでしょうか。

本記事が、目標管理と自己肯定感のギャップに悩む方々へ一つの視点を提供できれば幸いです。

参考文献

1. Montuori, P., et al. (2022). Job Satisfaction: Knowledge, Attitudes, and Practices Analysis in a Well-Educated Population. International Journal of Environmental Research and Public Health. https://doi.org/10.3390/ijerph192114214

2. Kalleberg, A. (1977). Work Values and Job Rewards: A Theory of Job Satisfaction. American Sociological Review. https://doi.org/10.2307/2117735

3. Le, V., et al. (2021). Dentist Job Satisfaction: A Systematic Review and Meta-analysis. International Dental Journal. https://doi.org/10.1016/j.identj.2020.12.018

4. 株式会社イー・クオーレ. 今の職場に満足していない人は半数以上!職場満足度からわかる … https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000046627.html

5. エン・ジャパン. 仕事の満足度についての調査.https://corp.en-japan.com